不妊治療専門・鍼灸 たくみ堂
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妊娠、出産レポート4
妊娠レポート4 (NO40)
東京都 40歳 鍼灸治療 20086月〜 20088月 妊娠 20094月出産
私の妊娠レポート

河村先生、奥様、スタッフの皆様
ご無沙汰をしております。皆様お元気でお過ごしでしょうか。
4月20日、無事、自然分娩にて男の子を出産することができました。
慣れない育児ですが、夫とともに本当に幸せな毎日を過ごしています。
この幸せを味わえるのも先生、皆様のおかげです。大変感謝しております。本当にお世話になりました。ありがとうございます。
遅くなり申し訳ありませんが、妊娠レポートを提出させていただきます。 私の経験が、頑張っている皆様に少しでもお役に立てたら幸いです。

平成17年 結婚(36歳)
平成18年 4月 左卵巣のう腫(皮様のう腫) 手術
平成20年 5月頃〜不妊検査を受ける
       ホルモン検査の結果、FSHが27.2と高く、検査を受けた産婦人科より排卵誘発剤の服用をすすめられる。
       しかしどうしても抵抗があり、他に何か方法はないか調べ始める
       鍼、ヨガなどで効果があったという体験談をネットで見つけ、たくみ堂のホームページと出会う
平成20年 6月〜たくみ堂に通い始める
平成20年 7月 再びホルモン検査を受ける。FSHが12.2と下がっており、ドクターより「これならこの年齢の女性として普通の値。タイミングをはかってみよう」と言われる。
平成20年 8月31日 自然妊娠がわかる
平成21年 4月 自然分娩にて出産

  初めてたくみ堂に通い、治療を受けた時、腰や背中など、体がものすごく反応したのを覚えています。それまで、別の
鍼灸院に何度か行っていたのですが、正直あまり効果を感じられませんでした。しかし先生の鍼は全く違うことがわかりました。
カウンセリングの際、先生は期待させるような甘い言葉はおっしゃいませんでしたので、多少落ち込みましたが…何か不思議と心強いも
のを感じました。またうかがう前は、仕事をしながら通うのは大変かなという不安がありましたが、忙しくても絶対に通院しようと
思いました。
  週に一度、通院したのですが、体が確実に変わるのを感じました。循環が良くなったのか、ふくらはぎがいつも凝って
いたのに、凝らなくなり、治療の後は体が軽かったです。生姜温灸を教えていただき、(毎日は出来なかったのですが…)
行いました。治療に通うのがとても楽しみでした。
  実は平成18年から仕事が忙しくなり、そのころから生理の周期が狂い、どんどん速くなっていました。ホルモン値が良く
なかったのも関連していたと思います。それが、たくみ堂に通った次の月(7月)に、生理が遅く(正常な周期に近く)
なりました。7月にホルモン検査をしたところ、FSHが半分以下になっており、産婦人科のドクターからタイミングをは
かるようにすすめられました。
8月の生理も遅れており、治療のときに、FSHの値が良くなったことを先生に伝えたら、「じゃあもっと良くしよう」と
おっしゃってくださいました。後から思えば、その時すでに妊娠していたのです。
  しかし妊娠を報告した時も、先生より厳しいお言葉が…流産の可能性その他、話してくださいました。
でも、何か心強く、支えられている感じがしていました。
  妊娠してからも3週間に一度程度通院し、安産灸も教えていただきました。(安産灸も毎日は出来なかったのですが…)
実を言うと、妊娠初期のころ、つわり止めの鍼をしてもらった後、あまりに体の調子が良くなり(つわりが全くなく
なってしまった)、体調が良すぎて妊娠しているのかしらと心配になり、突然夕方病院へエコーを取りにいったこともありました…
  また、左の腰痛があったのですが、それを先生に相談したら鍼をうってくださり、不思議にその後は腰痛がなくなって
しまいました。
  仕事が忙しく、結構無理をしてしまうこともあり、また安産灸もあまりできなかったりと、実行力がいまひとつなとこ
ろがありましたが、以下、気を付けていたことを記します。
≪気を付けていたこと≫
・夜更かしをやめ、せめて0時前には就寝する。
・移動の際にはエレベーターを避けて階段を使うなど、なるべく生活の中で体を動かす(妊娠後は階段はやめましたが)。
・それまでは太りたくなかったので、夜は炭水化物を抜いていましたが、五穀ご飯を食べるようにした。

・たくみ堂で購入した玄米黒酢を毎日飲むようにする。
・ヨガに通い(正直回数はあまり通えなかったのですが…)、毎晩寝る前に教えてもらったポーズを行った。
・妊娠レポートを読む。

  たくみ堂に出会うことができ、先生、そして皆さんに本当に感謝しています。産休に入ってからはそれまでよりもまめ
に安産灸を行い、無事に出産を終えることができました。
河村先生、本当にありがとうございました。
スタッフの皆様と奥様にも大変お世話になりました。ありがとうございます。

 
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妊娠レポート4 (NO39)
静岡県、35歳、鍼灸治療13ヶ月 2008.12月妊娠 2009.5月報告

たくみ堂 河村先生

待ちに待った2人目の妊娠は、つわりもなく、無事19週を迎えました。
点滴を受けながら、安定期に入る日を指折り数えていた1人目の時とこんなにも違うのも、
河村先生の鍼のおかげと心より感謝しております。(つわりがなかった分の体重増加が、
これからの課題!?ですが・・・)

私の妊娠レポート

河村先生こんにちは , ご無沙汰しております。
皆様お変わりなくお元気でいらっしゃいますか?
私はおかげさまで現在8ヶ月目に入り不思議なくらいおなかの赤ちゃんは順調に育っております。
私がこうして妊娠レポートを書くことができるなんて夢のようです。
5ヶ月目より胎動も感じられ赤ちゃんとの一心同体の生活がうれしくて、今から親バカになっております。
今年の夏、生まれる予定です。また、女の子とわかりました!
☆ 妊娠の為にやってきた事
・ 生姜温灸・ 週一回の鍼治療・ びわの葉温灸・ 玄米を中心とした食生活
・ 野菜、豆類、海藻類、魚、肉をバランスよく食べる。
・ なるべく23:00迄に就寝する。・ 漢方薬を取り入れ飲む。・ ルイボスティーを飲む。・ 黒豆茶を飲む。
・ 黒酢の足湯に浸かる。・ 腹式呼吸・ ジムへピラティス・水泳・ヨガ・ウォーキング
・エアロビを週2〜3回通う。・ 気功に通う。
☆ これまでの経緯
1999年 9月 結婚
2001年  6月 不妊治療開始、子宮筋腫見つかる、タイミング治療、クロミッド、HCG
     7月 卵管造影検査 異常なし
2002年 11月 タイミング治療
子宮筋腫の大きさを測りながらタイミング指導、 卵管造影検査 異常なし
2004年 12月までおこなう。 

2005年 3月 子宮筋腫核摘出手術
5月     漢方開始 当帰勺薬散を飲み始める
2006年 6月 タイミング治療
12月    AIH 1回目
2007年 1月〜8月タイミング

9月 ○○レディースクリニック 体外受精開始
    第1回採卵・1つ 変性卵、10月 第2回採卵・2つ 内1個受精、 11月 第3回採卵・1つ 受精→4分割→移植 G2 妊娠せず、12月 カウフマン、2008年 4月 カウフマン
5月 第4回採卵・2つ (内1つ桑実胚/内1つ多精子受精)、 10月 第5回採卵・1つ 受精→胚盤胞 G3 ランクA
11月 移植、12月 妊娠現在に至る。

☆ たくみ堂さんとの出会い
私は長い長い不妊治療を受けてちょうどこの年の9月頃より体外受精に踏み切ることにしました。
そして2年位前より、煎じた漢方薬も飲んでいましたが知人から
「鍼が卵巣・子宮に効果があるよ」
と聞き早速不妊治療専門の鍼灸院インターネットで探しました。
そこで口コミや色々な方のブログ等拝見していくうちに「たくみ堂」さんの名前を初めて
目にしました。
たくみ堂さんのホームページを開いてみると不妊専門でやられていて、卵巣や子宮に効果が
ありそうで「ここだ!!ここしかない!」とそう強く感じました。
早速メールにて初診予約をし、平成19年11月6日が初診の日でした。
その日先生にFSHの数値が高いので
「巣機能を上げるにはかなり厳しい状況ですが、1年若しくはもっと長くかかるかも知れません。
でも治療することで改善していくと思うので一緒に頑張りましょう!」
と優しく声を掛けてくださり、
「治る見込みがほんの少しでもあるのなら、ここにかけてみよう」
そう思いました。
実はどこの産婦人科に行っても、FSHの数値が高い為早発閉経で難しいでしょうと言われ続けていたので一筋の光が見えた感じになりました。
次に先生におなかの診断をされた時は、漢方を飲んでいるせいか、硬くないですねと言われ少しですがほっとしました。
毎週、週1で東京まで通い、家では生姜温灸をしました。
そして鍼灸院に通い始め、初めての体外受精にチャレンジし、1つ採卵でき、受精・分割し4分割のG2で移植したものの妊娠には至りませんでした。
しばらく体外受精はお休みし、半年ほど経ち、今度は生姜温灸からびわの葉温灸に切り替え、毎日お家の中でモクモク煙の中、全身に温灸していきました。
その後先生に
「おなかがモッチリして柔らかくなってきたね!すごく変わったよ!すごい効果だね、びわの葉温灸!!」
と言われ、効果に大変うれしくなり毎日温灸を行いました。
それからしばらくして再び体外受精を試みました。
卵は1つ採れ、受精・分割し桑実胚まで初めていくことができたのですが、そこで分割ストップしてしまいました。
けれど確実に前へ前へ進歩している卵さんだなぁと思い、びわの葉温灸・食生活から運動の改善・漢方薬・サプリメントなど妊娠に良いと思われる事は積極的にしていました。
そして平成20年10月20日、採卵したところ卵が1つ採れたのですが未成熟卵だった為そのまま培養し成熟卵になったところで顕微授精を行いました。
不安だったのですが翌日受精し、
4分割→8分割→16分割→桑実胚→初めて胚盤胞と辿り着き、思わず
「やった〜っ!!」と声にだして喜んでしまいました。
そしてそのことをたくみ堂の先生に報告させて頂いたところ
「良かったね!すごいね!すごいことだよ!!」
と大変喜んで言葉を掛けていただきました。
その後、1周期あけての移植を行い、11月27日に胚盤胞移植をしました。
受精卵はとても良く、Aランクで妊娠率70%以上を言われ、G3でフラグメントもなくアシストハッチングをしてもらい、移植をしました。
妊娠判定は1週間後の12月4日と言われその日までドキドキ生活でした。
毎日落ち着かず、体温計ばかり気になり、トイレに行く度に生理が来るのではと大変不安でした。
そしていよいよ妊娠判定当日。心臓がドキドキしすぎて飛び出しそうでした。
診察室に呼ばれ先生から
「娠娠反応でていますよ。β-hcgが103ありますからとっても良い数値ですね。」
と言われカルテを拝見したところ本当に「β-hcg・103」と書かれてありました。
頭が真っ白になり、手が振るえ、その後何を言われたのか良く覚えていません。
ただ夢にまで見た妊娠。嬉しくて嬉しくてたくみ堂の先生にすぐに報告させていただきました。
「良かったね!すごいね!おめでとう!!」
とすごく喜んでくだいさいました。
その後胎のうを確認し心拍も確認し、長く辛いつわり生活を送りましたが喜びの方が圧倒的に大きかったので耐えられました。
今は落ち着き8ヶ月目に入りました。
たくみ堂さんに出会っていなかったら今の私はないと思います。
私は心配性で、いつも先生に何かあれば相談させていただき、その度に励まされ勇気付けられました。
おなかも大変柔らかくなり卵巣も改善され良い卵子ができたのだと思います。
子宮も受精卵が着床し易い環境に育ててくれたのもたくみ堂さんのおかげだと感謝しています。
おかげで妊娠という私にとって大変大きな目標にたどりつけました。
本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
河村先生・奥様・スタッフの皆様大変お世話になりました。本当に有難うございました。

 
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妊娠レポート4 (NO38)
東京都 37歳 鍼灸治療5ヶ月間 2009.5.3報告
私の妊娠レポート

先生、皆様、お元気でいらっしゃいますか。.
私共家族も元気に過ごしております。
先生には、感謝感謝の気持ちでいっぱいです。
私たち家族にとって、先生との出会いがなかったら今の生活が考えられないからです。
先生とお会いしてなければ、今も病院に通い、悩んでいるかもしれません。

現在、長女は4歳8ヶ月に、長男は1歳10ヶ月になり賑やかな生活を過ごしています。
たくみ堂に通い始めて、長女は2ケ月で、長男は5ヵ月で自然妊娠しました。
それまで、病院で治療を受けていた時には、気配すらなかった妊娠が出来たことに感激でした。

31歳    妊娠しないので病院で検査
       10センチ大の筋腫見つかる

      子宮筋腫があっても妊娠することもあるということでAIHをうける。
     

33歳    筋腫が邪魔してるのではないかと思い始め、筋腫核出手術をする。
       その後、AIHを開始・・・妊娠せず。

      私にはAIHは合ってないのではと疑問に思い始め、
       友人から「鍼がいいらしい」と聞き、ネットでたくみ堂を知り、すぐ予約する。

      初診までの間に、ナチュラル会に参加する。
      
34歳    たくみ堂に通い始める

34歳    妊娠
  
37歳    第二子妊娠

★はじめてたくみ堂を訪れた時、自分の今までの不妊治療の経緯を話した際、きちんと話を聞いてくだ
さる先生の優しい対応に感激し、今まで自分の中に閉じ込めていた感情があふれ出るように涙してしま
いました。先生に「大丈夫、妊娠できますよ」という力強い言葉を聞き、とっても安心したものでした

子供が欲しいと真剣に考え始めたのが31歳の時でした。
周りの友達が次々と妊娠していくなか、「私にはなぜできないのだろう、一度病院で検査してもらおう
」と病院に行ったところ、「10センチ大の大きい子宮筋腫がある」ということでした。
それ以外には特に問題は無かったのですが、その日は思いがけない結果にショックと筋腫の知識も全く
無かったので動揺で泣きながら家路についたのを覚えています。

それからは、病院で子宮筋腫があっても妊娠する人もいるのだからということで、AIHを数回しましした
。しかし、妊娠には至らず、筋腫が原因かもしれないと自分自身で思いはじめ、それなら早く取りたい
ということでH15年3月に筋腫核出手術を受けました。
その後、再度AIHを開始しました。
しかし妊娠せず、「何がだめなんだろう、AIHは私には合ってないんじゃないか。」と疑問に思い始めた
頃、友人から「鍼がいいらしい」ということを聞き、早速インターネットで調べたところ、『たくみ堂
』のページにたどり着きました。すぐに予約をさせていただきました。

★初診では、お血がたまっていて重症、お腹は硬い、冷え性ということでした。
まずは体質改善をしてからということで週一回の通院と自宅では生姜温灸が始まりました。
2回通院後のある日に、下腹部に生理痛の激しいような、ちぢむようなチクチクするような感じの
激痛がありましたが、2時間程でおさまりました。
今、思うとそれは何かに効いていたのではないかと思います。最初の鍼治療は下腹部にずしっと重く響
く感じがありましたが数回通ううちに鍼がとっても気持ちよくなってきて、とてもリラックスできる時
間になりました。

自宅での生姜温灸も、冷たいお腹がぽかぽかしてお灸後には軟らかくなっているように感じ、とっても
気持ちよくできました。
お灸をしながら自分を見つめなおすことができ、仕事等のことでいっぱいいっぱいで、「自分の時間や
身体を大事にしていなかったなあ」と反省しました。ですので、自宅でお灸をする時間が私にはとって
もリラックスできる大切な時間になりました。ナチュラル会に参加したときの顔面体操などはお風呂の
中でやったりとできるだけするように心がけました。

そんな感じで2ヶ月ほど通院したころ、生理が遅れてでもまさか・・・と
早々に検査してがっかりするのも嫌でしたので10日程してから検査薬を使ってみました。
すると陽性の反応があり、信じられない気持ちでいっぱいでした。
AIHを何回してもだめだったのに自然妊娠することができて本当に本当に嬉しく思っています。
先生の鍼治療なしでは妊娠は考えられません。先生のお陰と感謝しております。

★二人目
それから、二年ほどして欲張りかとも思いましたが、二人目を授かりたいと言う思いで、
もう一度、予約させていただきました。

二人目も五ヶ月で、先生方のおかげで妊娠することができました。
先生方にお世話になったら、必ず妊娠するという強い思いがあり、それから冷えないようにと腹巻をし
、食べ物もなるべく自然のもの、飲み物もにも気をつけるようにしました。

それから、五ヶ月で妊娠をしました。
つわりがひどく、電車に乗るのもつらくて安産灸には通うことができませんでしたが、
二人の子供を授かったことは先生方、たくみ堂の皆様のおかげだと思っています。

★身体によいこと
先生から教えていただいた、温灸、顔面体操をできるだけ続けました。
それから、身体を冷やさないようにする。
冷たいものを飲まずになるべく温かいものを飲む。
玄米を食べ、バランスよい食事を心がけました。
でも、なかなか出来ないときもありましたが、あまり考えないようにしました。

本当に、私が妊娠できたのは河村先生のお陰と思っております。
感謝の気持ちでいっぱいです。

本当に本当にありがとうございます。

 
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妊娠レポート4 (NO37)
大田区 37歳 鍼灸治療6ヶ月間 2008年7月妊娠 2009.2.25報告
私の妊娠レポート

河村先生、奥様、スタッフの皆様へ
皆様お元気でしょうか?
治療中は大変お世話になりました。
現在妊娠38週目で、いよいよ来週帝王切開で出産予定です。
赤ちゃんに会うのはもちろん楽しみですが、このお腹から離れて
しまうと思うと少々寂しい気持ちでもあります。
治療期間約6ヶ月。妊娠までの経緯、思いなどを報告させていた
だきます。

私の場合は二人目不妊でした。
周りにも二人目不妊の人は意外に多く、一度妊娠しているから
といってその時よりは確実に歳もとっているし、一人目を妊娠した
ことは偶然のことだったのでは…という思いから私自身弱気になっていました。

2003年6月(31歳) 子宮筋腫の摘出手術を受ける。

2004年5月(32歳) 一人目を妊娠。翌年2月に帝王切開にて出産。

2007年2月(35歳) 歳も気になり、そろそろ2人目を考える。

     8月      基礎体温を測りタイミングをとるがなかなか妊娠に至らず、
             近所の婦人科を受診。
             排卵が遅れているのと高温期が長く続かないため、クロミッド
             と漢方薬を服用しながらタイミング療法を始める。
    
     11月     クロミッドは人によっては副作用があらわれ、より不妊に近づいて
             しまうことを知る。
             確かにクロミッドを何ヶ月か服用していて、生理の量が減ったり
             出血の色が黒かったりといままでにない症状が現れ、薬の服用
             に不安を感じ始める。    

2008年1月(36歳) 同じく不妊治療をしていた友人にたくみ堂を紹介してもらう。
             自宅から遠くない場所でもあり、すぐに通院を決めた。
             初診ではやはりお腹がとても硬く、2度の手術で傷跡も硬く
             なってしまっていた。
           
      2月     週1回のペースでたくみ堂通院。
             毎日自宅でショウガ温灸をする。
             初めての鍼治療で本当に効果があるのか半信半疑だったが、
             何回かの治療でびっくりするほどお腹が柔らかくなってきたことを実感。
             院長からクロミッドの服用はやめたほうがいいとの指摘で、婦人科では
             タイミング療法のみにする。

      4月     治療の際、院長にお腹をみてもらい「いいね〜」と言われるがなかなか
             妊娠が近いという言葉はもらえず、いつまで治療を続ければいいのか
             焦りを感じ始めた。
             そんなとき「自分を信じること!!」という院長の言葉を励みに、
             もっと前向きに出来ることから努力していこうと決心した。 

      5月     婦人科でのタイミング療法に苦痛を感じ始める。
             院長の「タイミングはそんなに気にしなくて大丈夫。多少ずれても
             出来るときは出来る」そんな言葉で思い切って婦人科の通院をやめる。

      6月     たくみ堂のナチュラル会に参加。
             腹式呼吸・丹田按摩を毎日実行した。食生活も見直した。
             ナチュラル会は本当におすすめです!
             妊娠パワーをもらえます。不思議と近々妊娠できるんじゃないかと思ってしまう。
             その直後、本当に妊娠判明!
            
ナチュラル会参加後、これからまた頑張っていこうと心に決めた矢先の妊娠で自分でもびっくりしました。
院長も私の妊娠には随分早くて予想外だったようです。
その後すぐに一緒にたくみ堂で治療をしてきた友人も妊娠し、本当にうれしい限りでした。

今回たくみ堂に通い、妊娠するという結果が大事ではなくまずは母体作りが要だということ。そして、
精神的な面もとても大切なんだと実感しました。
不妊治療をしていく中で、あまりに頑張りすぎて、無理をして、それがストレスになるようなら
少し体と心を休ませてあげてもいいと思います。
赤ちゃんは意外にもふとした時に現れてくれるのかもしれません。
今、不妊治療をされている方、薬には頼らず自分の体を信じてあげて下さい。
それから決して焦らないこととあきらめないことです。それが良い結果に結びついてくれるはずです。

最後になりましたが、通院最終日に院長と握手していただいた時の温かく、どっしりとした手のぬくもりは
一生忘れないと思います。
本当にありがとうございました。
それから、たくみ堂を紹介してくれた友人にも大変感謝しています。

 
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妊娠レポート4 (NO36)
神奈川県 41歳  2008.11.12報告
私の妊娠レポート

◎41歳からの妊娠チャレンジ

「妊娠反応が出てますね」
医師の言葉に、思わず「え?そうなんですか?」と驚きの声を
出すのが精一杯だったあの日から、今や妊娠8ヶ月を迎えることができました。
この幸せな気持ちを味わえるようになった大きな支えとして、
たくみ堂の院長先生とスタッフの皆さんの存在は欠かせないものでした。
本当に、どうもありがとうございます。

赤ちゃんが欲しい!と心から願い、日々その気持ちを育てていらっしゃる
方々のおなかに、一日も早く新しい命がやってきてくれる一助となればと思い、
私なりの妊娠チャレンジの軌跡をつづらせていただきます。
少しでも、励みや参考にしていただければ幸いです。

思えば、仕事と自分本位の気ままな毎日に明け暮れ、ようやく現実的に
「よし、子供を産もう」と思えたのは、41歳になったばかりの時でした。
そこで初めて妊娠出産について本を読んだりして勉強してみたのですが、
どこにでも年齢と妊娠率の反比例について書かれており、
「もしかして、もう遅い?」と思いながらも、「子供が欲しいと思った時が
産みどきなんだ!」と自分を励まし、チャレンジを始めたのでした。
ただ、年齢的にタイムリミットがあることは確かなので、
半年間は自然妊娠にトライ、それでダメだったら体外受精をしてみよう、
という自分なりのプランを立てました。そして、普段の暮らしの中でも
妊娠に適した身体になれるよう、できることはなるべく取り入れようと思い、
ネットや本などで熱心に情報収集。その中で実際に取り入れたのが、
漢方薬(周期療法)、ウォーキング、そしてたくみ堂の鍼治療でした。
以下は、これまでの経緯、そして妊娠のためにやってきた習慣などです。

■これまでの経緯

2007.4月(41歳)
  妊娠を希望。まずは妊娠できる身体かどうかを調べるために
  婦人科クリニックを初受診。子宮卵管造影検査→右:閉塞、左:狭窄との
  診断を受けたが、左卵管は狭いながらもなんとか通じているようなので
  タイミング指導にて自然妊娠にチャレンジすることに。
  いきなりクロミッド+hCG+デュファストンという薬剤治療に突入するも、
  この時点では勉強不足で、そのまま数ヶ月はその治療を受けることに。
 
2007.5月
  少しでも妊娠の可能性を上げるため、FT(卵管鏡下卵管形成術)を受ける。
  →右卵管:生まれつきの閉塞があるようで不通過、左卵管:通過

2007.6月
  ネットで見つけたたくみ堂に「ここだ!」という縁を感じ、早速メール。
  予約でいっぱいだったようだが数日後にたまたま空きが出たとのことで
  先生から電話をいただき、その日に初受診。「おなかが硬いね」と言われ
  鍼を打っていただいた後には、おなかがフワフワになっていてびっくり!
  それから週に1回ほどのペースでたくみ堂通いが始まる。

2007.9月  
  ある本で「クロミッドやhCGの多用は、逆に妊娠しにくいスパイラルを作る」
  ということを知り、自分の中にも「本来の私の身体の実力を試したい!」という
  思いがあったため、クリニックを休んで自己流のタイミングで自然妊娠にトライ

2007.12月 
  結果が出ないまま半年が経ったので、当初の予定通り体外受精を希望し
  新宿の有名クリニックを受診。右卵管が使えないので、胚盤胞まで育てて
  凍結し、翌周期以降に移植というプランをとることに。
  1回目採卵→分割が遅いながらも胚盤胞まで育ち、翌周期に移植→着床せず

2008.1月 
  2回目採卵→胚盤胞の手前で分割停止

2008.2月 
  3回目採卵→正常な受精が見られず

2008.3月 
  4回目採卵→2つの卵が採れ、2つとも受精したので、試みとして
  1つはフレッシュ胚で移植、1つは胚盤胞まで育ててみたいと希望を出す
  その周期にフレッシュ胚を移植→着床せず
  残りの1つは胚盤胞まで育って凍結

2008.5月(42歳)
  排卵日周辺に自然妊娠にもトライしつつ、凍結胚盤胞を移植するという
  ダブルスタンバイで臨む→妊娠!!
  (体外受精によるものか自然妊娠かは不明)

■自分なりに取り入れた習慣など
  ・仕事の量を減らしてストレスも軽減するよう調整する 
  ・なるべく週1回のペースでたくみ堂に通う
  ・ショウガ温灸、時間のあるときはビワ温灸
  ・できるときに足湯
  ・玄米の粉(商品名:リブレフラワー)をごはんや味噌汁に入れる
  ・漢方薬を飲む
  ・1日になるべく40分以上は歩くように心がける
  ・冷たい飲み物や甘い(白砂糖を多く使った)食べ物を控える
  ・身体をゆるめる体操をする(Wii Fitのヨガもよかったです)
  ・おだやかな気持ちで日々を過ごすようにする

・・・以上がおおまかな経緯ですが、この過程にも河村先生には
温かな励ましをいただき続けました。初めての体外受精にチャレンジする時には
「まだ身体が整っていないから可能性は五分五分だと思うけど・・・」と
言われながらも、どこかで焦る気持ちがあったためチャレンジしましたが、
案の定NGな結果となり、さすがだなーと感心しました。

今にして思えば、自分ではマイペースに妊娠チャレンジいたつもりでも、
結果が出ない時間が過ぎれば過ぎるほど、心の奥には「妊娠したい!妊娠せねば!
早く子供を作らなくっちゃ!」という切迫した思いが固まっていたような気がし
ます。
何をしていても、心の床の間には「妊娠」という二文字が大きく掲げてあって、
街でおなかの大きい女性を見ると「あの人は卵子と精子がちゃんと出会って分割して
着床したんだな、いいなあ」などと考えていたりしました(今思えばちょっと
おかしいですよね)。妊婦や母になった人に「よかったね」と心で思うことは
あっても、
妬むということはありませんでしたが、自分自身の妊娠に対する思いや焦りが
募るにつれ、(クリニックで処方されたセロフェンという薬の副作用もあったかも
しれませんが)ちょっとしたことでイライラしたり、いろんな気持ちが爆発して
夫の前でボロボロ泣いてしまったこともありました。
不妊治療は、よく「出口のないトンネル」といった言葉で表現されますが、
約1年という長くもない期間を過ごした私でも、そのことを実感として味わいま
した。

でも、そんな山や谷を歩いていくうちに、いつしか「できないときはできない、
できるときはできる。私にとっての答えを、真摯に受け入れよう」という
あっけらかんとした思いに辿り着いた時、心も体もゆるんでいったのだと思います。
子供のいない人生というものを想像し、その場合の仕事を含めた生き方も考えねば
と思い、あるいは養子という選択肢もあるし・・・などとぼんやり考えながらも、
決して「お母さんというものになりたい」という願いを諦めるわけではなく、
あまりストイックに執着して自分を追い詰めることをやめてみたのでした。
それからは毎回、先生のあったかい手と握手していただき、パワーをチャージ。
妊娠のためにできる日々の習慣は続けながらも、それができない日があっても
まあいいかと自分を責めず、たまには好きなケーキを食べたり。
妊娠することになる周期には、先生に「うん、おなかは整ってるよ。ゆるんだ気
持ちで
いれば大丈夫」と言われ、私も「今はすんごくゆるんでます(笑)!」と答えたのを
はっきり覚えています。やはり、心と身体はつながっているのだと実感しました。

元気な胎動を日々感じられるようになった今でも、自分の中に新しい命が宿っている
ことが夢のようで、毎朝おなかをさわって「ほんとかな?」と確かめて喜んでい
ます。
初めて心拍を確認できた日、クリニックからの帰りの電車(指定席)に座って
まだまったく目立たないおなかにショールをかけてなでていたところ、
巡回してきた車掌さんに「冷房は寒くないですか?」と声をかけていただきました。
「実はうちの奥さんも妊娠中で、冷やすのはよくないと聞いたもので・・・」と
のことで、
ああ、ほんとに私は妊娠したんだ〜と、涙が出るほどうれしかったです。
駅でもらえる妊婦ストラップをバッグに付けて電車に乗ると、30代くらいの男性が
席を譲ってくださることが多く、「子供がいる人なのかな、奥さんが妊娠中なの
かな」
と、温かい気持ちと感謝でいっぱいになりました。
両親も(おそらく諦めていたに違いない)孫がやってくるニュースに喜んでくれ、
「おなかの中に大切なものを預かっている」という心持ちです。

つわりも軽めに済み、これまでの経過もすこぶる順調。たくみ堂直伝の安産灸は
もはや毎日の楽しい習慣となり、このまま無事に、いい出産ができることを
祈りつつ、日々をうれしく過ごしています。

先生、そしてスタッフの皆さま、本当にありがとうございました。
これからも、皆さまご自身お身体大切に、一人でも多くの方に、私が授かったような
幸せを手にしてもらえる力になっていただけたらと願っております。

 
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妊娠レポート4 (NO35)
東京都 36歳 2008.11.12報告
私の妊娠レポート

河村院長、奥様、スタッフの皆様、いつもお世話になっております。

こうして、妊娠レポートを予想よりも早い時期に書けることを心から嬉しく思っています。
私もずっと妊娠した方のレポートを励みに頑張ってきた一人です。
まもなく妊娠6ヶ月に入るところで、経過も良く、マタニティライフを楽しんでいます。

34歳で結婚した私は、早く子供がほしい気持ちでいっぱいでした。
半年ほど自己流でタイミングを試みましたが、排卵日が定まらないことから苛立ちもあり
また、何か出来にくい要素があるのではと、不妊専門医のドアを叩いたのは35歳の誕生日のすぐ後でした。

***夫婦共に特に大きな問題はない***

2ヶ月ほどに渡る不妊の検査で頂いた言葉でひとまず安心。
だけど、一日も早く欲しい気持ちは変わらなかったので、まずは一般的なタイミング療法を開始。
3ヵ月後には排卵誘発剤を使用することになりました。
タイミング療法を半年試みたところ、先生から「人工授精をしてみませんか?」と言われ
主人も引き受けてくれたので、07年の2月に初めての人工授精にチャレンジしました。

1回目、2回目と失敗。
主人の結果が先生から太鼓判を押されるほど良く、それだけに情けない気持ちでいっぱいで
涙がずっと止まらなかったのを覚えています。
3回目も失敗に終わる頃、自分の体に異変が起きているのが分かりました。
5日間はあった生理が2日で終わってしまったのです。

***問題のなかった体が問題のある体になってしまった***

たったの1年で不妊治療に疲れてしまいました。
また、生理の量を戻すためにもしばらくは治療をストップすることを決意。
排卵誘発剤をやめてから3ヶ月ほどで生理の量もほぼ戻ってきました。

人工授精を3回でストップし、誘発剤で生理が減ったことから
あと3〜4回だけ人工授精し、その後は治療を完全に止めようと思っていました。

***4回目の人工授精で奇跡の妊娠***

なんと治療を再開したとたんに妊娠。
しかし、8週になっても心拍が確認できずに稽留流産となってしまいました。
このときの悲しみは言葉になりません。
デパートのトイレで1時間泣き続けたことはずっと忘れないでしょう。

***東洋医学にチャレンジ***

ずっと排卵誘発剤に不信感を持っていた私は
いずれは漢方で妊娠しやすい体にしようと思っていました。
都内でも有名な漢方クリニックの初診にこぎつけたのは流産の手術から1ヵ月後で
ここではしばらく婦人科通いをストップすることが決まりでした。

でも完全にストップとなるとむしろ不安な気持ちもあり
効き目が出るまで時間のかかる漢方だけでいいのかと
他の方法も調べ続ける毎日。
そんな中、鍼治療が良いという情報があり
近くの鍼灸院を色々調べたものです。

***心と体の冷え***

漢方クリニックでもやはり少し冷えがあることを指摘されました。
でもこの頃私を悩ませていたのが心の冷え。
簡単に授かってしまう人に対してのジェラシーは物凄かったと思います。
何より、ジェラシーを感じる自分に苛立ちがありました。
「普通の鍼灸院ではだめだ、不妊専門のところに行こう」と
探し当てたのがたくみ堂でした。

初診にこぎつけるまでの院長からのマメな連絡にすでに信頼、安心感を覚えました。
「お腹がつっぱっている。でもきっと妊娠出来ますよ。」院長にこう言って頂き
しばらくは母体作りに励む日々。
生理の量も増え、生理痛も軽減。排卵もすこしづつ定まるようになってきました。

***そう遠くない時期に妊娠できる***

08年4月、たくみ堂に通って3ヶ月。
家でのお灸は生姜温灸からビワの葉に変り、漢方も毎日煎じて飲み、週1回の鍼治療で

だいぶお腹が柔らかくなり、院長に「そう遠くない時期に妊娠出来ますよ。すぐに欲しいとか焦らないでね」と言われました。
基礎体温は綺麗な2層を描くようになり、高温期にガクンと体温が途中で落ちることもなく
私の体はどんどん変って行きました。

それでも1日も早く授かりたい気持ちは消えず、昨年9月に人工授精で妊娠したことから

また9月からに婦人科通いを再開したい気持ちになってしまいました。

***自然妊娠出来る!***

婦人科通いを勧めない漢方クリニックの先生からもお腹の状態がいいから
秋から婦人科に通ってもいいよと許しを得たのに対し
院長は賛成してくれませんでした。
「自然妊娠出来る」というのです。
37歳でそれを待つのは無理があるのでは・・?なんて思っていました。

そして、08年7月。漢方の先生からも「半年でこんなにお腹が柔らかくなるなんて、すごいよ!」と。
何千人ものお腹のチェックをしている方からの言葉は嬉しかったです。
また、鍼治療をしていることを告げると
すでにたくみ堂のことはご存知で「こちらからたくみ堂さんに患者さんを紹介することもあるんですよ」とおっしゃいました。

この7月の終わりに私の体は院長の予想通り、奇跡が起きていました。
「遠くない時期に妊娠出来ますよ」という言葉から3ヶ月が過ぎた頃です。

***ママのお腹に居るからね***

妊娠が分かってからも不安でいっぱいでした。
前回心拍を確認することが出来なかったので、それまでの時間は恐ろしく長く感じましたが
赤ちゃんは心配性の私を気遣ってか前回なかった「つわり」という表現で存在をアピール。

そして、無事心拍確認。
号泣する私に産婦人科の先生は「良かったね、良かったね、悪いことばかり続かないよ」と声をかけてくださいました。

つわりが終わるとすぐに胎動を感じることが出来、本当に親孝行な赤ちゃんだと思っています。
いつも「ママのお腹に居るからね」と言ってくれている気がします。

院長をはじめ、たくみ堂の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
目的は妊娠ではなく、無事出産そして健康なお母さんになるためにも日々の生活に気を配ることを教えてくれました。
そして、婦人科ではなかったメンタルケア。心と体の冷えを取ってくれたように思います。

不妊という先の見えない長いトンネルは、本当に辛いものですが
すぐに授かった人には分からない感動と感謝の気持ちを持つことが出来ます。
妊娠するまでは院長の前向きな言葉もなかなか信じることが出来ず、申し訳なかったです(笑)

また、体質改善には途中で悪くなることもありますが
それを繰り返して改善していくので、途中であきらめずに続けることが大切だと思っています。

一人でも多くの方が可愛い赤ちゃんを抱けるよう、いつも心から祈っています。

 
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妊娠レポート4 (NO34)
東京都 40歳 2008.11.12報告
私の妊娠レポート

河村先生、奥様、スタッフの皆様

ご無沙汰しております。お元気でいらっしゃいますか?
4月下旬に予定日から12日遅れましたが、自然分娩で3000gを超える
元気な女の子を出産いたしました。

もっと早くレポートを書かなければと思いながら、毎日の育児の忙しさの中で、
考えをまとめて文章にすることがなかなかできず
とても遅くなってしまい申し訳ありませんでした。

子供も6ヶ月を過ぎ日増しに表情が豊かになっています。
忙しいながらも充実した毎日をこうして過ごせるのも
河村先生とスタッフの皆様にお世話になったおかげと、
感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。

それでは私の妊娠レポートです。

私は結婚が38歳と遅かったので、結婚後1年してすぐに不妊専門のクリニックに
検査に行きました。検査の結果特に異常はないということでタイミング療法を
開始したのですが(投薬はなし)半年間結果が出ませんでした。
クリニックでは年齢的なことも考慮してステップアップとしてAIHを勧められました。

ただ私としてはなんとなく『夫婦とも異常なくタイミングでもうまくいかないなら
AIHでも結果は同じなのでは?』という気がして、しばらく病院はお休みして
東洋医学のアプローチで体調を整えようと考えました。

たくみ堂のホームページを知り、先生が不妊患者さんを専門に診ていらっしゃることを知り
受診を申し込みました。
実際に先生に診て頂いて『お腹も硬くないしきっと妊娠できるでしょう。』と
言っていただき、すごく気持ちが軽くなったことを覚えています。
河村先生なら知見も豊かで今後の治療を含めてご相談させていただけるのでは
と確信いたしました。

そしてたくみ堂に通い始めてから妊娠するまでの1年間、私は鍼に週一回通うことが
とてもリラックスできるいい時間でした。
仕事でストレスがあっても、ふっと気持ちも身体もゆるむようなそんな時間でした。

妊娠がなかなかできない約2年間の中で一番大切なのは”がんばらないこと”そして
”何事も7割できればよしとする”だと思うようになりました。

『あまりストイックにならずに楽しみながら身体にいいことを
いろいろやってみよう。』そんな風に考えました。
年齢的なこともありなかなか結果が出ないことに焦りもありましたが
とにかく気楽に、自分を追い詰めることないように努めました。

仕事上のストレスから体調をくずしたこともありましたが
そんなときも先生の一言でふっと気持ちも楽になり、
また身体の不調感もやわらげていただきました。

妊娠はたくみ堂に通い始めて10ヶ月目、たくみ堂に通いながら
病院での高度治療も再開した矢先の、41歳になる1ヶ月前でした。

私が実践した”身体にいいこと”とは本当に簡単なことばかりです。

1)身体を冷やさない。特にお腹や腰は夏でも冷えないように心がけました。

2)なるべく家では玄米。根菜や魚、一日の品目を増やす食事づくり。
身体を冷やすので、生野菜は少なめに。
目安としては1食あたりひとり分両手山盛りの量の野菜を調理。

3)お酒を控えめにする。身体を冷やしがちなビールは1杯のみ。
もともと強くないので家でお酒はほとんど飲まなくなりました。

4)ウォーキング週末40分-60分程度。
平日は駅までの道のりや電車の乗り継ぎを早足に!

5)ヨガ。週2-3回。自宅では1回30分程度。

6) 生姜灸、びわの葉温灸。気が向いたときに。
もし毎日ちゃんとやっていればもっと早く結果がでたかもしれません。

7) 漢方。土瓶で煎じる漢方を妊娠前の約2ヶ月間。
鍼と漢方の両用でずっと薄かった内膜が10mmを超えました。

その他、ソワイショウや腹式呼吸などを気が向いたときに。

妊娠するまでに心がけたことが、結果として妊娠中も健康な食事や
運動につながり、産後の体力回復にもつながったと思います。

河村先生のご指導により、食生活や健康への考え方が変わり
妊娠につながることができたと思います。

本当にありがとうございました。

 
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妊娠レポート4 (NO23)
東京都 28歳 鍼灸治療3か月 2007.11月妊娠 2008.9.19報告
私の妊娠レポート

たくみ堂院長殿、スタッフの皆様

秋の気配が近づき涼しくなりましたが、皆様お変わりはないでしょうか。
私は7月15日に無事に元気な女の子を出産してから、母乳での育児が始まり大変ながらも幸せな日を過ごしております。

気がつけば私が初めてたくみ堂を訪れた昨年の夏から1年が経ちました。
昨年の夏、不安な気持ちを抱えながら先生のもとを訪れたことが昨日のことのように思い出されます。
そんな私が今はこうしてわが子を胸に抱いてると思うと本当に信じられない気持です。
私が今わが子と過ごせているのもたくみ堂院長先生をはじめスタッフの皆様のおかげです。

昨年の私と同じように赤ちゃんを待ち望む方のために少しでも役に立てばと思い、妊娠レポートを報告させていただきます。

【妊娠に至るまでの経緯】

2005年12月(26歳) 結婚 : 仕事を続け共働きでの生活。赤ちゃんは自然に授かればと深く考えていませんでした。

2006年 8月(27歳) 妊娠 : 仕事も忙しくもともと生理不順もあったので生理が遅れていることに気付かず、2、3週間ほど過ぎてから妊娠に気づきました。

               胞状奇胎 : 3週間ほど過ぎてから初めて産婦人科を受診した私を待っていたのは、おめでとうの言葉ではなく悲しい知らせでした。  
              
               手術(2度に渡り手術を行いました)

2006年 9月〜2007年 3月 通院 : 胞状奇胎のため術後の経過観察のため婦人科に通院。他への転移もなく生理も戻り順調でした。
                         
2007年 4月(27歳) 妊娠許可 : 術後半年が経過したので次の妊娠をしていいという許可がでました。妊娠しやすいように婦人科からは漢方薬を処方されました。

2007年 8月(28歳) 不妊治療開始 : 妊娠許可が出たもののタイミング療法ではなかなか妊娠に至らず生理も乱れ無排卵にまでなってしまいました。

2007年 9月(28歳) たくみ堂通院 : クロミッドの副作用に苦しみ自分にはもうこの薬は使えないと思い、藁にもすがる思いでたくみ堂へ。

2007年 11月(28歳) 妊娠 

【たくみ堂との出会い】

初めての妊娠で私は異常妊娠と言われる胞状奇胎と診断されました。通常の流産と異なるのは、悪性であれば癌となり体の他の箇所にも転移する可能性があるということでした。そのため胞状奇胎の手術後も定期的に経過をみるため婦人科への通院が続いていました。幸い悪性とならず経過も順調だったため、半年を経過して次の妊娠許可がおりました。医師からは念のため妊娠まで面倒をみると言われ通院していたのですが、タイミング療法でなかなか妊娠できない私に医師は漢方薬を勧めてきました。しかし漢方薬も私には効かず基礎体温のグラフも理想的なグラフにはならずだらだらと高温期に移動していくようで、きちんと排卵していないのは自分でもわかるほどでした。妊娠を焦るばかりにストレスがたまり、いつしか無排卵にもなってしまいました。次に医師からは排卵誘発剤のクロミッドを処方されました。しかしこの薬も体に合わなかったようでひどい副作用に苦しみました。主人からも「そんなつらい思いして体壊してまで頑張らなくていいよ」と言われ、夫婦で病院の一般的な不妊治療ではない方法を探すことにし、インターネットで「たくみ堂」に巡り会いました。主人も私も鍼灸というものは初めてだったので最初はためらいましたが、HPを拝見し治療方針や妊娠レポートを読み「たくみ堂」にかけてみることにしました。   

初めて院長先生にお会いしお話した時に、「うちには優秀なスタッフがいますから大丈夫です。妊娠できますよ」という言葉を聞き、なぜかほっとしたのを覚えています。お話してる間、どうしてかわからず涙が止まらなかったのですがスタッフの方がやさしく話を聞いてくれ心が落ち着いてきました。
院長先生からは「おなかの冷え」を指摘されました。確かに私は冷え性でした。夏も冬も関係なく手足が冷えてしまうほどだったので、先生に言われた時にははっとしました。「このおなかをやわらかくしないといけないよ。3ヶ月とか半年とか短期間では無理だけど長い目で見て頑張りましょう」と言われ、早く赤ちゃんが欲しかった私は正直落ち込みました。できればすぐに欲しい。鍼治療ですぐに妊娠できるかもと期待してたところもあり先生の言葉に涙をこらえるのに必死でした。それでも1年後でもいい、自分にも赤ちゃんがやってきてくれるならがんばろうと思い、「たくみ堂」で頑張ることを決めました。そして院長先生から「排卵誘発剤は飲まなくていいです」と言われたので、婦人科では薬をしばらくやめたい旨申し出て、経過観察にすることにしました。

【たくみ堂での治療】

週に1回の通院は私にとって楽しみでもありました。院長先生やスタッフの方との何気ないおしゃべりが、気分転換にもつながりました。
今まで妊娠できない焦りや不安でいっぱいだったのが、たくみ堂に通うことで解消されていきました。
不妊治療のために通っていた病院はいつも行くのが憂鬱で仕方なかったのですが、たくみ堂は行くのが楽しみで、
今思い返しても本当に楽しみながらの治療だった気がします。
先生からアドバイスされたことはできるだけ実践するようにしました。
また、先生は妊娠するためだけではなく、体全体の治療をしてくださるので「鼻がつまってつらいんです」「膀胱炎になってしまいました」という私の訴えにも嫌な顔せず併せて治療をしてくださり、治療後は本当に体も軽くなって帰ることができました。
初めての鍼灸でしたが、鍼は全く痛みを感じずむしろ治療中は心地よくていつも寝てしまうほどでした。
院長先生は毎回基礎体温などで低温期であるとか高温期であるとかきちんと確認してその状態にあった場所に鍼をさしてくれるので安心感もありました。

家では教えていただいた生姜灸を毎日行いました。
生姜灸だけは毎日欠かさず実践していたので、私のかたいおなかにも効果があったのかもしれません。

またスタッフの方とのおしゃべりの中で万年冷え性の私は足湯を勧められ、まだ残暑が厳しい季節だったのですが足湯を始めることにしました。
黒酢を使っての足湯なので最初は足がかゆかったりと違和感があったのですが、
次第に慣れていき足湯をしながら雑誌を読むことが日課になりました。
足湯は十分時間のあるときしか行えませんでした。

その他にはたくみ堂のHPを参考にしながら呼吸法を実践したり、玄米を食べるようにしたりと母体作りに努めていきました。
アイスクリームが大好きで冬でも食べてしまうほどだったのですが、冷たい物を少し控えて飲み物なども温かいものに変えたりと、生活のちょっとしたことも気にするようにしました。

2ヶ月ほど生姜灸を実践した頃、院長先生からビワの葉灸を勧められ、
通常は生姜灸を、時間のあるときはビワの葉灸を行うようにしました。
ビワの葉灸はおなか以外にも使えるので冷え性の私の足にもできてとてもよかったです。

そんなビワの葉灸を始めて間もなく、妊娠していることが判りました。
自然妊娠です。
妊娠が判っても、私は前回の妊娠が異常妊娠だったため手放しでは喜べませんでした。
また同じようなことが起きるかもしれない。
そんな不安を持っていたのですが、先生は「大丈夫、今回はきちんとおなかに赤ちゃんいるから」と言ってくださり、
流産しないようにとそのツボに鍼をしていただき心が軽くなったのを覚えています。
妊娠初期は流産を防ぐためにいろいろアドバイスもいただきました。
つわりがひどい時はつわりを軽減させてくれるツボに鍼をしていただきました。
5ヶ月に入ってからは安産灸に変わり、出産に向けての体つくりと変わっていきました。

数え上げればきりがないほど私はたくみ堂の院長先生やスタッフの方からよくしていただきました。
1年は覚悟していた妊娠ですが、通い始めて3ヶ月で妊娠することができたのも、流産・早産をせず無事に出産を迎えることができたのも、すべてたくみ堂での治療のおかげだと感じています。
本当に本当にありがとうございます。

そしてこのレポートが誰かの支えになればと思っています。
たくみ堂を信じ、自分の妊娠力を信じ、楽しみながら母体づくりに努めていればきっと赤ちゃんはやってきてくれます。
私がそうであったように。

本当にありがとうございました。
拙い文章ですが、妊娠レポートとさせていただきます。

 
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妊娠レポート4 (NO32)
横浜市 37歳 鍼灸治療6ヶ月間 2007年10月妊娠 2008.8.31報告
私の妊娠レポート

去年の4月に藁をもつかむ気持ちでたくみ堂を訪れました。
今こうして我が子の寝顔を隣に見ながら妊娠レポートを書いているのがまだ信じられない気持ちです。
予定日の少し前に無事に普通分娩で元気な女の子を出産致しました。
河村先生を始め、奥様、スタッフの皆様に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。


2000 子宮内膜症手術
2004 自然妊娠するも10週で流産      
2006 漢方始める    
     子宮内膜症手術
     人工授精
2007 転院
     体外受精
     「たくみ堂」通院開始     
     体力作り(ヨガ、ウォーキング等)
2007 10月 妊娠
2008  6月 出産

もともと子宮内膜症の持病があったのですが、2004年に一度自然妊娠もしていた事もあり、手術をすれば妊娠できると言われていました。しかし、結局手術後も妊娠する気配がなく、2006年より本格的に不妊治療を開始しました。
何度 か人工授精を試みましたが、いずれも結果は出ず、その後不妊治療専門のクリニックへ転院し、2008年より体外受精にステップアップしました。

2007年4月の1回目の体外受精では2個の受精卵を移植するも着床できませんでした。私の場合は子宮内膜症の手術をしており卵巣機能がかなり落ちているとの事でFSHが高く、誘発剤を使っても卵があまり取れない状態でした。クリニックの先生からは今後この値が下がるのは難しいとも言われ、初めての体外受精も結果が出ず、しばらく落ち込んでいました。

しかし落ち込んでいても何も始まらず、何か他に違う治療方法があるかもしれないと思い始め、次の治療まで何もしないでいるより、何でもいいいから自分なりにできる限りの事をしようと思い、以前から興味があった鍼治療をインターネットで探し始めました。

色々な治療院を検索しましたが、何故か「たくみ堂」のHPに目が止まり、直感的に、「ここにしよう」と思いました。河村先生の不妊治療に対するお考えや、母体作りという言葉に惹かれたのだと思います。
それまではとにかく妊娠する事ばかりを考え焦り、薬や注射の連続でしたが、一方でそんな毎日に疑問を感じていた事もありました。薬漬けになっている自分の体も心配でしたし、これでいいのか?と不安に思いながらも立ち止まる余裕さえなくなっていました。いつの間にか焦りや治療のストレスに押しつぶされている自分がいました。


今考えると、「たくみ堂」のHPを見た時、直感を感じた事、それを信じた事が私にとって大きな転機だったと思います。早速メールをして先生から初診の日程のお電話をいただきました。
初診の日、先生からは「少し時間はかかるけど一緒に頑張りましょう」と力強く優しく言っていただきました。

それから毎週治療に通い6月に入った頃、2回目の体外受精を行いました。本当はもっと母体作りをしてからの方が良かったのですが、まだその頃は気持ちが焦っていて早くチャレンジしたいという思いでした。 しかし結果は卵 子 が殻だったという状態でした。1回目より更に落ち込みました。

でもその時から私の気持ちは変わり始めました。河村先生から、「母体がちゃんと整っていなければせっかく赤ちゃんが来てくれても育たないんだよ。焦らない事、絶対大丈夫だから。」と言われました。
今まで焦っていたのは全て自分勝手な気持ちで、本当に母になりたいのなら、赤ちゃんの事を一番に考えなければいけない。以前つらい流産を経験しているので、今度はしっかり赤ちゃんの為に居心地の良いお腹にしてあげなければ・・・と考えられるようになりました。

河村先生には、自信がなくなっていた私の気持ちをいつも勇気づけていただき、「大丈夫、自分を信じる事、必ずお母さんになれるから」と言っていただいて治療を受ける度に少しづつ心に余裕が持てるようになりました。

生姜温灸やビワの葉温灸、黒酢足湯、玄米食などもできるだけ毎日行いましたが、私の場合、体にいい事をしてあげる事が楽しく全く苦にはなりませんでした。いつの間にか不妊治療という考えではなく健康の為にしているという感じで楽しみながらできました。

婦人科のクリニックの先生からはその後も6月7月8月と体外受精を勧められました。私の年齢も考え、できるだけ早くという考えと、何回か繰り返せば妊娠の確率も上がるという方針だったのだと思います。
しかしその頃の私は河村先生から「焦っても結果はでないよ。必ずその時は来るから。今はまだ母体作りが大切」と言われていました。私も「必ずその時は来るはず。もう無駄に薬や注射をして、これ以上体に負担をかけるのはやめよう」と強く思うようになっていました。
そして今度こそチャンスが来た時を逃さないために、今きちんと体作りをやって、その時を静かに待とうと考えられるようになっていました。ですからクリニックの先生はあんなに焦っていた私が毎回治療を断っていたので不思議そうな顔をしていました。

そして違う検診でクリニックに行き血液検査をした結果、高かったFSHが見事に下がっており、急遽3回目のIVFを決めました。その時は前の2回のIVFとは全く気持ちが違っていました。
今までは「絶対に今回こそは・・」と強く意気込んでいましたが、その時は今回駄目でも、また鍼治療や温灸をして体を整えて次チャレンジすればいいんだから。と不思議なくらい肩の力が抜けて治療を受ける事ができました。

河村先生がいてくれるし、鍼や温灸があると思うと、とても心強い味方がついていてくれるような気持ちでした。ですからその時は大嫌いな痛い注射も苦にならず、とてもリラックスしていました。河村先生に言われたように淡々とした気持ちで過ごす事を心掛けました。言葉で表現するのは難しいのですが何か自分でも不思議な力というか今までとは違うものを感じていました。

そしてその結果妊娠する事ができました。本当に必ず「その時」は来るんだな・・と改めて思いました。そしてそれを逃さないように体と気持ちを調える事が何より大切で結局は近道なんだと河村先生に教えていただきました。そして自分の体を大切にしてあげる事、自分の体に感謝する事を教えていただいたのも河村先生でした。先生に出会えなければ今回の妊娠は有り得なかったと思っています。先生に色々な事を教えていただき、体も心も整ったからこそ結果が出たのだと思います。本当にありがとうございました。

妊娠中は色々トラブルもありましたが先生から励ましのメールをいただいたり、安産灸も教えていただきました。先生に妊娠の報告をした時、本当に喜んでくださり、「よく頑張ったね」と暖かい手で何度も握手をしていただいた時の事は忘れません。

今までは心配性で怖がりの私でしたが、これからは先生に言われたように優しくたくましい母になる事を目標に頑張ります。

私が1年前皆さんの妊娠レポートを読んで励まされ勇気をもらったように、少しでもこのレポートがお役に立てれば嬉しいです。そして、たくみ堂に通われてる一人でも多くの方に赤ちゃんが授かるよう心から願っております。
本当にありがとうございました。

 
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妊娠レポート4 (NO31)

国外 43歳 鍼治療回数4回 200710月妊娠 2008年7月出産 2008.7.10報告
私の妊娠レポート

■40歳からの不妊治療■

私が不妊治療をスタートしたのは40歳。

結婚したのが34歳。自然にいつか授かればいいなと

思っていたけれど時間だけは過ぎていく。


ある日、1歳上の夫がいつになく真剣に

「やっぱり子ども、欲しいよね」と言った。

さすがに積み重ねられていく年齢に焦りを感じていたのだと思う。

「この年まで来たら、不妊治療を受けるしかないと思うけれど、

一緒に行ってくれるの?」とたずねると、もちろんとうなずく。

非協力的な配偶者も少なくないと聞いていたので

夫がそこまで言うのならと不妊治療へ踏み出すことを決めた。

5年前から私たちは国外で暮らしている。

当地でも不妊治療は受けられなくはないが、

衛生面・プライバシー保護などへの不安と

日本の技術の高さに惹かれ、どうせ治療を受けるなら

今の時点でできうる限りのものを受けたくて

毎月、国外の自宅から東京の不妊治療施設へ通院することにした。

最初のクリニックでは一通りの検査を経て、

人工授精を4回、体外受精を1回受けた。

初めての体外受精に失敗すると、ドクターから提案を受けた。

「うちの刺激療法では通院回数も多く、

海外から通院するあなたにとっては時間的な負担も

大きいだろうから、刺激療法ではないクリニックに行ってはどうか」


早速紹介状を書いてもらい、翌月転院。

2つめのクリニックは体外受精専門だった。


1回目は空胞、2回目は未熟卵、ようやく3回目にして成熟卵がとれ、

移植するが着床せず。4回目は胚盤胞の成長を目指すが成長がストップ。

鍼治療が有効だということを知ったのは、

この3回目と4回目の間くらいだったと思う。

不妊治療をスタートする時、1年間だけにしようと思っていた。

結局、42歳になるまでと半年の延長を決めるのだけれど、

これ以上の延長はできないと思っていた。

年齢的にどんどん成功率が下がっていくことは明らかだし、

仕事を続けながら東京と国外の自宅を往復するという生活は

体力的・精神的にも負担が大きい。そして経済的負担も。

だからこそ残された半年という時間で、

やれるだけのことはチャレンジしておきたかった。

後悔をしたくなかった。

■半年続けた「生姜お灸」■

ネットで都内の不妊治療を行なう鍼灸院を検索し、

「たくみ堂」を選んだ。

初診を受けた時の院長先生の言葉が印象に残っている。

「あと半年、と時間を区切る必要はないんじゃないの?

体の調子を整えてから、体外受精を受ければいいんじゃない?」

確かにその通りなのかも知れない。

そうは思ったけれど、

自分で決めた期限をさらに延長することがイヤだった。

だからあの時の私はかたくなだったと思う。

「もう決めたことですから」と。

鍼治療を受けると言っても私の場合、

採卵前と移植前に来ることしかできない。

たくみ堂に通院できたのはわずか4回だ。

ハンデがあるのだから、教わった「生姜お灸」だけは毎日続けようと思った。

たくみ堂HPにある「不妊体質を改善する健康ひとくちメモ」に紹介されていた

黒酢の足湯や玄米も試してはみたけれど、長続きはしなかった。

そのかわり、黒酢を入れたリンゴジュースは欠かさず飲むことにした。

結局、たくみ堂通院中に受けた体外受精は計2回。

1回目は着床するも化学流産。

その後、ホルモン値が下がるのを待って最後の体外受精を

受けたけれど、これも着床しなかった。

自分でここまでと決めた治療期間だったけれど、

最後の体外受精が失敗した時は虚しかった。

夫がそこまで言うのならと踏み出した治療だったし、

「努力したと示すことで周囲には何も言わせない」

という言い訳めいた部分もあった。

ところがいざ治療回数を重ねれば重ねるほど、

深みにはまっていく自分がいる。

必要以上に期待してはいけないと思いつつも

やっぱり期待をして、結果、落ち込むという繰り返し。

繰り返せば繰り返すほど、その落ち込みは深くなる。

毎回女としての偏差値を示されているようで

努力をしても報われない「徒労感」を抱きながらも希望を捨てきれない。

まさか自分がこんな堂々巡りをするとは思ってもいなかった。

気持ちを整理して、仕事に生きようと決めるまでに1か月半かかった。

■「嬉しい奇跡のひとつだね」■

ところがなんとか気持を吹っ切って1か月半後、妊娠が発覚したのである。

治療はやめているのだから、自然妊娠である。

それも42歳で。

家族や親しい友人に報告をすると

不妊治療で授からなかったことを知っているだけに、誰もが驚いた。

河村院長も、「うちでは年に何回か嬉しい奇跡が起きるけれど、

嬉しい奇跡のひとつだね」と喜んで下さったが、

それも驚かれたからこその言葉だと思う。

でも誰よりも一番驚いたのは、自分自身だ。

妊娠検査薬が間違っているのではないかと、

3回も試したくらいだから。

そして10日前、私は予定帝王切開ではあるけれど

無事に男児を43歳と1週間で出産することができた。

母子ともに健康で4日前に退院した。

今でも妊娠できたことは不思議としか言いようがない。

高度生殖医療を受けたにもかかわらず妊娠できず、

諦めたと思ったら自然妊娠できたのは、なぜなのか。

「治療中のプレッシャーや不安が取り除かれたからだろうね」

友人たちからは、そう言われた。

確かに、当たっている部分もある。

でも、自分なりに考えてみると、それだけではない。

私は当初、高度生殖医療だけに頼りすぎていて

自分自身の体に向き合っていなかったと思うのだ。

たくみ堂で初診を受けた際、院長は

「お腹が硬いね、でも諦める必要はないよ」とおっしゃった。

いかに医療技術が高くても、

自分の体がその技術を受け入れられる母体でなければ成果は出ない。

そんな当たり前のこともあの頃の私は分かっていなかったのだと思う。

その「受け入れられる母体」づくりというのが私にとっては

鍼治療であり、生姜お灸だったのだと思う。

たくみ堂HPにある「不妊体質を改善する健康ひとくちメモ」で

紹介されている項目をたくさん実践できたわけではないけれど、

生姜お灸と黒酢入りリンゴジュースの2つだけは

ほぼ毎日休むことなく半年近く実行した。

たった2つではあったけれど、「体にいいことをできている」と

思えたことも、精神的に大きくプラスに働いたように思う。

自分の体と向き合えたこと――、

これが妊娠力アップにつながったのだと感じている。

ささやかな体験ではあるけれど、

現在不妊治療中の方、これから治療に踏み出そうとしている方の

励みになれば嬉しく思います。

 
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